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2014年2月16日日曜日

アシュターヴァクラ・ギーター 純粋なる智慧

一から二が生まれる!
これが苦しみの根源だ。

私は二のない、一なるもの。
純粋なる智慧、純粋なる歓喜だ。
全世界は仮の姿でしかない。
ただそれだけを悟りなさい。
それ以外に救われる道はない!

2014年2月14日金曜日

常に至高者と共に


『至高者と結ばれた状態で食べ、至高者と結ばれた状態で体を動かし、至高者と結ばれた状態で行為をし、至高者と結ばれた状態で眠り、至高者と結ばれた状態で目覚め、そしてヨーガを実践すれば、苦悩はすべて取り除かれる。』

『だがもし君が精神集中行を修習できなかった場合には、すべての行為を私のためにするがいい。 そうすることによっても、君は完成の域に達するであろう。 しかし、もしそれさえもできないのなら、私に帰依し、心から私の助けを求めなさい。 そして自分の心を調御し、自分の行なうすべての行為の結果に心を向けないことだ。』

解説・バガヴァッド・ギーター

『至高者と結ばれた状態で食べ、至高者と結ばれた状態で体を動かし、至高者と結ばれた状態で行為をし、至高者と結ばれた状態で眠り、至高者と結ばれた状態で目覚め、そしてヨーガを実践すれば、苦悩はすべて取り除かれる。』  『だがもし君が精神集中行を修習できなかった場合には、すべての行為を私のためにするがいい。 そうすることによっても、君は完成の域に達するであろう。 しかし、もしそれさえもできないのなら、私に帰依し、心から私の助けを求めなさい。 そして自分の心を調御し、自分の行なうすべての行為の結果に心を向けないことだ。』

2014年2月12日水曜日

いつもわたしのことを思いながら戦いなさい

「私を信じ愛しきることによってのみ、私の真実の姿を見ることも知ることもでき、さらに私の中へと入ってくることさえできるのだ。
おお敵を殲滅する勇者よ!
私を愛慕して私のために働き、私を至上目的としてすべての欲望から離れ、すべての生類に思いやりを持つ人は、疑いなく私の中に入ってくるだろう。」

「死の時が来て肉体を離れるときに私の事を思う人は、誰でもまっすぐにわたしのもとへとやってくる。これは疑いのない真実である。
誰であろうと、肉体を離れるときに心で思ったもののところへ必ず行く。
ゆえに、君はいつもわたしのことを思いながら戦いなさい。
心も頭もわたしにしっかりと結び付けておきさえすれば、君は疑いなくわたしのもとへと到達する。
ヨーガをしっかり実践し、光り輝く真我から心と頭を決してそらさぬ人は、必ずそのもとへと到達するのだ。」



――クリシュナ(「バガヴァッド・ギーター」より)

2014年2月10日月曜日

チャイタニヤ

「宇宙にあるすべてのものが真我をよりどころとしていますが、その真我をはじめ、あらゆるものの根本的なよりどころがクリシュナです。
そしてその権化のよりどころであるクリシュナが、自らチャイタニヤ師の姿を取って権化されたのです。
それゆえチャイタニヤ師は、あらゆるものに勝る真理なのです。」

‐チャイタニヤ伝

チャイタニヤ
ラーマクリシュナがケシャブに初めて会ったのとちょうど同じ頃、ラーマクリシュナの中に、シュリー・チャイタニヤとその信者たちのキールタンのヴィジョンを見たいという願望がわき起こった。
するとしばらく後のあるとき、ラーマクリシュナが自分の部屋の外に立っていると、チャイタニヤと信者たちが神の御名を歌いながらパンチャヴァティーの方からやってきて、ドッキネッショル寺院の表門の方に進み、木々の背後に消えていくのを見た。

 その信者の群衆のある者たちは自らを制御する自由を失い、ある者たちは至福の中で狂ったように踊り狂っていた。彼らすべてが、神への愛から生まれた霊的酩酊状態にあった。その群衆は巨大であったが、ラーマクリシュナはそのとき、そこにいた信者たちの中の二、三人の顔を目に焼き付けた。

 後にラーマクリシュナのもとにやってきた信者たちの中にその同じ顔を見つけたとき、ラーマクリシュナは、彼らが前生においてチャイタニヤの仲間であったことをハッキリと知ったのだった。

―要約・ラーマクリシュナの生涯

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「チャイタニヤ」

生没年: 1485-1533
インドの宗教思想家。ヒンドゥー教のビシュヌ派の一分派チャイタニヤ派の開祖。ベンガル地方で新たにクリシュナ・ラーダー崇拝の宗教運動を始めた。奉仕の実践を尊び,愛の精神を強調した。

>>第二章 クリシュナ・チャイタニヤに関する真理

私たちがエゴを放棄しない限り、神は私たちの重荷を引き受けてはくださらない

 私たちがエゴを放棄しない限り、神は私たちの重荷を引き受けてはくださらない。

あるとき、ラクシュミー女神と至高者ナーラーヤナとがヴァイクンタにいらっしゃったが、ナーラーヤナがにわかに立ち上がられた。
彼の足をさすっていたラクシュミーが、
『主よ、どこにおいでになるのでございますか』
と問われると、ナーラーヤナが、
『私の信者の一人がたいそう危ない目にあっている。助けてやらなければならない』
とお答えになった。

こう言いながら彼は出て行かれたのだが、すぐに戻っていらっしゃった。
ラクシュミーが、
『主よ、なぜこんなに早くお帰りになったのでございますか』
と問われると、ナーラーヤナは微笑しておっしゃった。

『この信者は私への愛に心を奪われて道を歩いていた。
数人の洗濯夫が草の上に着物を干していたのだが、信者はその着物の上を歩いてしまった。これを見た洗濯夫たちは男を追いかけ、持っている棒で打とうとした。それで私は彼を守るために急いで外に出たのだ。』

そして、
『それなのになぜすぐに帰っていらっしゃったのでございますか』
というラクシュミーの問いに、ナーラーヤナは笑って、
『信者が自分で、彼らに投げつけようとしてレンガを拾うのを見たのだよ。(みな笑う)それだから戻ってきたのだ』とおっしゃった。



――「ラーマクリシュナの福音」より

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