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2014年8月2日土曜日
2014年7月19日土曜日
鼓舞する言葉
人間に生まれるという、稀なる特典を得ても、
今生で神を悟れなければ、生まれた意味がない。
――ラーマクリシュナ・パラマハンサ
―――――――――――――――――
「すべてを受け入れることが成長の印です。」
――ヴィヴェーカーナンダ
―――――――――――――――――
「自分で自分を尊敬できないものを他人が尊敬してくれますか?
たとえ死ぬ運命にあろうとも……
私は勇者のように、最高に気高く死にましょう!」
―インドラジット(メーガナーダ)
今生で神を悟れなければ、生まれた意味がない。
――ラーマクリシュナ・パラマハンサ
―――――――――――――――――
「すべてを受け入れることが成長の印です。」
――ヴィヴェーカーナンダ
―――――――――――――――――
「自分で自分を尊敬できないものを他人が尊敬してくれますか?
たとえ死ぬ運命にあろうとも……
私は勇者のように、最高に気高く死にましょう!」
―インドラジット(メーガナーダ)
| インドラジット―実写ドラマ・ラーマーヤナ 第88話 |
2014年7月15日火曜日
どうのような忍耐、どれほどの熱意
”大いなる真剣をもって”――。それは、注意力のすべてと心のすべてを注いで、必ず成功してみせるという固い信念をもって、という意味である。世俗の事柄や、人聞を獲得しようとするときでさえ、人は夜も昼もそれに励む。眠るのを忘れ、食べることも忘れて、精魂を傾ける。世俗的な事柄を達成しようとするときにさえこの条件が必要なら、ヨーガの成功にはいったいどれほどのものが必要だろう? そうだ、今日播いた種がどれぐらい根を張ったか知りたくて、翌日にはそれを掘り返してみるというような、子供じみた真似はやめよう。われわれにはこれらの三つの資質、すなわち忍耐と献身と信念が必要である。
ここへ来るといつも私は、ヒンドゥーの聖典に出てくる小話を思い出す――
天人の住むデーヴァ・ローカすなわち天界に、ナーラダと呼ばれる大仙人がいる。(偉大なヨーギーというものは、ちょうどこの地上にもいるように、神々の世界にもいるのである。)このナーラダというのは、あらゆる世界を経巡っている仙人で、ときにはわれわれ人聞がどんなふうに暮らしているかを見るために、この地上にもやって来る。
ある日彼が森の中を通りかかると、あまりにも長い間膜想していたために、全身がびっしり蛾塚で覆われてしまったヨーギーに出会った。そのヨーギーがナーラダを見て言った、
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| narada |
2014年6月14日土曜日
【おすすめの本】聖者の生涯 第二巻 その①ヴィヴェーカーナンダ
| ↑聖者の生涯 第二巻。 (この本は電子化してみました) |
「ナーグマサハーシャヤの生涯を読んで感動したんですよー!」
と教えてくれました。「味覚に囚われるのなくすために、自分も米ぬかを食べようと思ったんですよー」と。それで私も彼らしい感動ぶりに影響を受けて、久しぶりに本を読み返してみたら、とても感動してしまいました。
この感動を忘れないうちに書いておきます。
2014年3月14日金曜日
集中と熟考
ああ、信仰心厚き天女よ、おまえたちがダルマを修めようと考えるなら、集中と熟考をおこなうべきである。
外界の出来事を放棄することは、おまえたちの飾り。
ああ、外的世界のとらわれからの救済を、心にとめておくがよい。
沈着と注意深さによって、平穏にあらねばならぬ。
栄光とは、心と言葉が同じであること。
栄光とは、多くの行為の放棄。
おまえたちの心を乱す、不愉快な状況に会うならば、自らを見張って油断せず、己を諭せ。
「怒りの危険はすぐそこにやってきている」と。
心を動かす富と遭遇するとき、自らを見張って油断せず、「愛著の危険がやってくる」と、自らを統御しなさい。
感情を害する、無礼な言葉を耳にすることがあれば、自らを見張って油断せず、己に気づかせよ。
「不快な響きは幻聴に過ぎぬ」と。
仲間と交際するときは、己を注意深く見張って、自らに諭せよ。
「嫉妬心を心に起こさせるな」と。
奉仕や布施に精進するときは、用心して己に諭せよ。
「心せよ、うぬぼれが心の内に生じないように」と。
常に、あらゆる方法で、自らを見張り、常に、内在する邪悪な思いに打ち勝とうとつとめよ。
日常の行為の中で、いかなるものに遭遇しようとも、空と幻という本性について熟考しなければならぬ。
ここに幾百人の聖者や学者が集おうともこれ以上のことを語ることはできないであろう。
あなた方、皆に幸福と繁栄がありますように。
あなた方、皆の心が喜びに満ちて、ダルマの修行に精進できますように。
―ミラレパ「ミラレーパと鳩」より
外界の出来事を放棄することは、おまえたちの飾り。
ああ、外的世界のとらわれからの救済を、心にとめておくがよい。
沈着と注意深さによって、平穏にあらねばならぬ。
栄光とは、心と言葉が同じであること。
栄光とは、多くの行為の放棄。
おまえたちの心を乱す、不愉快な状況に会うならば、自らを見張って油断せず、己を諭せ。
「怒りの危険はすぐそこにやってきている」と。
心を動かす富と遭遇するとき、自らを見張って油断せず、「愛著の危険がやってくる」と、自らを統御しなさい。
感情を害する、無礼な言葉を耳にすることがあれば、自らを見張って油断せず、己に気づかせよ。
「不快な響きは幻聴に過ぎぬ」と。
仲間と交際するときは、己を注意深く見張って、自らに諭せよ。
「嫉妬心を心に起こさせるな」と。
奉仕や布施に精進するときは、用心して己に諭せよ。
「心せよ、うぬぼれが心の内に生じないように」と。
常に、あらゆる方法で、自らを見張り、常に、内在する邪悪な思いに打ち勝とうとつとめよ。
日常の行為の中で、いかなるものに遭遇しようとも、空と幻という本性について熟考しなければならぬ。
ここに幾百人の聖者や学者が集おうともこれ以上のことを語ることはできないであろう。
あなた方、皆に幸福と繁栄がありますように。
あなた方、皆の心が喜びに満ちて、ダルマの修行に精進できますように。
―ミラレパ「ミラレーパと鳩」より
2013年6月19日水曜日
シヴァーナンダの言葉
「あらゆるものの中に神を見て、被害や困難さえも善きものに変えなさい。 これが真のヨーガである。 これにより素晴らしい悟りは得られ、すべての無明の束縛はバラバラに引き裂かれる。 そしてあなたは永遠の中にとどまるだろう」
「どんなところに居ても神聖なるものと一緒にいるということを感じてください。それは時間や空間に限定されるようなものではなく、離れているとか離れていないとかいうことでもありません。」
「あなたにはとても長い人生を無駄にしてきました。精神的な価値にずっと無関心でした。怠惰や惰性や無気力から立ち上がりなさい。あなたのすべての性質を作り直しなさい。誠実な人になりなさい。そうすれば祝福されるでしょう。」
「後悔してはいけません。絶望してはいけません。あなたは不滅の魂そのものです。」
「あなたの志を維持しなさい。心の中にある精神的熱望という炎を常に燃やし続けなさい。」
「信心深い人だけがエゴイズムから解放されるのです。そのような人は十分に感覚をコントロールすることができる人であり、そして、瞑想に没入することができるような人は永遠の祝福の王国や束縛や制限もなく終わることのない安らぎを手に入れることができるのです。」
「あなたの潜在的な神の存在を主張して下さい。絶えず「サッチダーナンダ・ブラフマン」の意識の中に生き続けることに努力してください。移り変わっていくこの世界の現象を目撃するかのように、在りのままに居なさい。」
「恐れてはいけません! あなたたちは、聖なる不滅の魂(真我)であることを知りなさい。変化し続け、いずれ滅びるこの肉体ではないのです。」
「ライオンのように強くなりなさい。すべての弱さ,恐怖、恐れ,執着を根こそぎにしてしまいなさい。さして、完全なる自由というゴールに勇敢に進みなさい。」
「祈りの力は口では言い表せないほど大きなものです。その恵みは言語を絶したものです。誠実で敬虔な者だけがそのすばらしさを実現できるのです。」
「あなたをただしい道に導くための最高のガイドは「純粋な心」です。あなたを好ましい人に変えてくれる最高の友人は「純粋で神聖なる愛」です。」
「感覚のコントロールのないところや自制のないところに精神的な成長は決してありません。」
「良いことを考えることによって、その人の本質的な部分が良くなっていきます。そうしてから人はさまざまな悪い誘いを退けることができるのです。」
「苦境に悩まされてはいけません。
それらに耐えなさい。
心を神に向け、獅子のように悠々と歩きなさい。」
———シヴァーナンダ
2013年4月13日土曜日
信仰(バクティ)こそ
信仰(バクティ)こそこの世で一番大切なもの。正しい信仰を持つ人には、何一つ恐れることも悩むこともない。
母なる神がすべて見ていてくださる。守り導いてくださる。
―ラーマクリシュナ
母なる神がすべて見ていてくださる。守り導いてくださる。
―ラーマクリシュナ

2013年4月12日金曜日
2012年4月30日月曜日
君の罪など小さい、小さい。それなのにこんなに意気消沈して!

神に呼びかけなさい。『彼』は君に、弱さを乗り越え、迷いを破壊する強さを与えてくださるだろう。 『彼』は情け深いお方だ。君の罪がどんなに大きかろうと、『彼』の慈悲の流れが君を避けるようなことはない。君の罪など小さい、小さい。それなのにこんなに意気消沈して! アジャミラとヴァールミキのことを考えてごらん。彼らの罪に比べれば、君の罪はなんでもない。
ブラザー・ヴィヴェーカーナンダがよく言っていたことを知っているかい?
「体についたインクの小さなしみを思い煩うな。それはなんでもないのだ。神の無限の慈悲の海で浴すれば、千のインク染みが洗い流されるだろう」と。
だから言うのだ、嘆くなと。
休みなく祈りなさい。君の悪い性質はじきになくなるだろう。
-アドブターナンダ
ブラザー・ヴィヴェーカーナンダがよく言っていたことを知っているかい?
「体についたインクの小さなしみを思い煩うな。それはなんでもないのだ。神の無限の慈悲の海で浴すれば、千のインク染みが洗い流されるだろう」と。
だから言うのだ、嘆くなと。
休みなく祈りなさい。君の悪い性質はじきになくなるだろう。
-アドブターナンダ
2010年1月1日金曜日
無上の安穏に――仏陀釈迦牟尼
この身体に何の用があろうか?―ーいつも臭穢をもらし、絶えず病に襲われ、老いと死におびえているのに。
病患に悩み脆いこの臭穢の身体をもって、最上の安らぎ、無上の安穏に落ち着けよ。
「わたしは雨期にはここに住もう。冬と夏にはここに住もう」と、愚者はこのようにくよくよとおもんばかって、死が迫ってくるのに気がつかない。
子供や家畜のことに気を奪われて心が執著している人を、死はとらえてさらっていく。――眠っている村を大洪水が押し流すように。
子も救うことができない。父も親戚もまた救うことができない。死に襲われたものにとっては、彼らも救済者とはならない。
「私はこれを成し遂げた。これをしたならばこれをしなければならないであろう」というふうに、あくせくしている人を、老いと死とが粉砕する。
それ故に、ビックたちは、つねに瞑想を楽しみ、心を安定統一して、つとめ励み、生と老いとの究極を見極め、マーラとその軍勢にうち勝って、生死の彼岸に達するものとなれ。
――仏陀釈迦牟尼
病患に悩み脆いこの臭穢の身体をもって、最上の安らぎ、無上の安穏に落ち着けよ。
「わたしは雨期にはここに住もう。冬と夏にはここに住もう」と、愚者はこのようにくよくよとおもんばかって、死が迫ってくるのに気がつかない。
子供や家畜のことに気を奪われて心が執著している人を、死はとらえてさらっていく。――眠っている村を大洪水が押し流すように。
子も救うことができない。父も親戚もまた救うことができない。死に襲われたものにとっては、彼らも救済者とはならない。
「私はこれを成し遂げた。これをしたならばこれをしなければならないであろう」というふうに、あくせくしている人を、老いと死とが粉砕する。
それ故に、ビックたちは、つねに瞑想を楽しみ、心を安定統一して、つとめ励み、生と老いとの究極を見極め、マーラとその軍勢にうち勝って、生死の彼岸に達するものとなれ。
――仏陀釈迦牟尼
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