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2014年3月2日日曜日

心の解放と精神の導師

ミラは困惑の極致だった。そんな彼をみかねたグルの妻は、彼をラマ・ゴクパのもとに送った。ゴクパは彼になにがしかの教えをあたえた。しかし、なんの進歩もなかった。
ラマの許可がなければ、どんな教えも力をもたないことが、これでわかった。ゴクパは、ミラをマルパのもとに送りかえした。数日間は、何事もなく過ぎた。

しかし、ある儀式がおこなわれている最中に、マルパはその場にいあわせた者のすべてを、手ひどくしかりつけた。この中にはラマ・ゴクパも混じっていた。ミラはラマの怒りの意味を理解して、深い絶望におそわれた。自分の存在が、ゴクパや奥さんにとんでもない迷惑をかけている。そう思った彼は、絶望のあまり自殺をはかった。

ラマ・ゴクパが自殺を止めた。そのとき、ようやく、マルパの怒りが静まった。グルはミラを身辺に呼び寄せた。ミラはこのとき、グルから「ミラ・ドルジェ・ギャルツエン」という、新しい名前をもらって、生まれかわった。ミラには、デチョクの密教の教えがあたえられ、ラマの力をもって、六十二の守護神が、ミラの前に出現した。こうして、ミラレパは、マルパからすべてのイニシエーシヨンと教えを、もらうことができたのだ。ミラレパはあらゆる苦しみ、悩み、疑いとたたかった。マルパが弟子にあたえた試練は、まったく不条理なものであったが、それに従いぬくことによって、ミラレパはとてつもない、内面の成就をなしとげることができたのである。

昔のグルと弟子の関係は、こんなものだったのだよ。二人の心が完全にひとつのものとなるまで、グルはいつまでも弟子に試練をあたえ続けたのだ。グルにちょっとでも、嘘を言ってはいけないし、裏切ってもいけない。それはあなたの中で、たちまちにして、巨大な罪へとふくれあがってしまうだろう。

あるとき、偉いヨーギの弟子が、たくさんの人々の前で、立派な説教をしていたことがあった。その場に、グルであるヨーギが、乞食のかっこうをしてあらわれた。弟子はそれに気がついたけれど、まわりにいっぱいの人がいるので、その中で乞食のかっこうをしたグルにひざまずくのが、恥かしかった。それで気がつかないふりをした。夜になって、弟子はグルのもとを訪れ、その前にひれ伏した。

グルが言った。「おまえはどうして、さっき私にひざまずかなかったのだい」

弟子が言う。「いいえ。私はまったく気がつきませんでした」

そう言い終わるが早いか、彼の目玉がはずれて、床に落ちた。あわてた弟子は、グルに大あやまり、やっと目玉をとりもどした、という、これはいかにもインド風のお話だ。

こういう話を通して、何を言いたいのかは、あなたにはわかっていることだろう。今のような時代には、真実の教えに出会い、それを学ぶことができるなど、ほとんど奇跡に近いことなのだよ。その教えをあなたに伝えてくれるグルの存在の重要さが、その一事からでも理解できるだろう。昔の人は、そういう幸運に恵まれたことを、心から感謝して、あらゆる困難に耐えて、教えを求めたものなのだ。私があなたに求めているのも、そういう心構えなのだよ。

心の解放と精神の導師「改稿 虹の階梯―チベット密教の瞑想修行 (中公文庫)

ヴァジュラ・ダラを中心として、ティローパ、ナローパ、マルパ、 ミラレパ、ガンポパなどがとり囲む、カギュ派の相承

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