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2016年4月13日水曜日

Shiva Manasa Puja シヴァへの供養の瞑想歌



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Shiva manasa Puja


ratnaih kalpitamasanam himajalaih snanam ca divyambaram
ラトナイ カルピタマーサナム ヒマージャレイ スナーナム チャ ディーヴャムパラム

(私はあなたに、貴重な宝石で作られた玉座を心で捧げ ヒマーラヤの雪から解け出た水であなたを洗裕いたします)


2014年6月22日日曜日

カーリー讃歌--KALI MAA



ラーマクリシュナは、
宇宙の大原理=根元を、静=不動とみるときブラフマンと称び、
動=変化活動するとみるとき(創造、保存、破壊)、
それを根元造化力(アデャシャクティ)と称ぶ、と説明している。
このアデヤシャクティを神格化したのが、カーリー女神である。
大実母カーリーである(カーリーは″黒″の意)。

2014年2月27日木曜日

マハー・シヴァラートリー

今日はシヴァラートリーです。
シヴァラートリーとは「シヴァの夜(ラートリー)または吉兆の夜」という意味です。シヴァラートリーは、毎月、満月から13日夜/14日目にあたります。しかし、特にパールグナ月(マーガ月となる地域もあります。2月~3月)のシヴァラートリーは、マハー・シヴァラートリーと呼ばれ、一年の内でもっとも神聖な夜として知られています。

シヴァ神

大脳の中の花弁は、千弁の蓮華。
霊性の師の部屋で、それが遥かな秘密の場所。
その蓮華に日輪の形で、至高のシヴァは存在し、唯一であって、
白色の千弁の蓮華は花開き、花芯にあって、そこにシヴァの光輪は輝き、
あなたがそこに上ると、シヴァ自身の姿となる。
そして純粋精神シヴァそのものと一つになる。

-ラーマクリシュナ パラマハンサ

オーム、
私は思考器官にあらず、知性や自我意識や心にあらず。
聴覚にあらず、味覚にあらず、嗅覚にあらず、視覚にあらず。 
虚空に非ず、地に非ず、火に非ず、水に非ず、風に非ず。
私は、純粋な意識と至福そのもの。
私はシヴァである、私はシヴァである。

私は生気に非ず、五風に非ず、七つの要素に非ず、五つの蓋被にあらず。
手に非ず、舌に非ず、生殖器官に非ず、排泄器官に非ず。
私は、純粋な知識と至福そのもの。
私はシヴァである、私はシヴァである。

私は、好き嫌いに非ず、貪欲、迷妄に非ず。
利己心を持つに非ず、自尊心を持つに非ず。
善行に非ず、救いに非ず、欲望に非ず、心の対象に非ず。
私は、純粋な知識と至福そのもの。
私は、シヴァである、私はシヴァである。

私は徳に非ず、罪に非ず、喜びに非ず、悲しみに非ず。
聖句に非ず、聖地に非ず、ヴェーダに非ず、供儀にあらず。
私は食べる行為に非ず、食べるものに非ず食物に非ず。
私は、純粋な知識と至福そのもの。
私は、シヴァである、私はシヴァである。

私には、死はなく、恐怖はなく、カーストの区別はなく。
父もなく、母もなく、生まれることもなく。
友もなく、仲間もなく、師匠もなく、弟子もない。
私は、純粋な意識と至福そのもの。
私は、シヴァである、私はシヴァである。

私は心象を超え、形を持たず、遍在者であり。
私は一切処にあって、感覚にとらわれず。
私は、知られうるものに非ず、解脱するものに非ず。
私は、純粋な知識と至福そのもの。 
私は、シヴァである、私はシヴァである。


-ラーマクリシュナ パラマハンサ

2013年9月10日火曜日

ガネーシャ・チャトゥルティ(Ganesh Chaturthi)

ヴェーダ暦のバドラパーダ月の4日(新月から4日目)に生誕したとされるガネーシャ。
その日が今年は昨日2013年9月9日だったようです。
インドではその吉兆の日に、ガネーシャ・チャトゥルティ(ガネーシャ神の降誕祭)として、盛大なお祭りが行われるそうです。

ガネーシャって、シヴァ神の息子でもあり、商業や学問、智慧を持った神様として有名ですが、「障害を取り除き、不正な性質を正す神」なのだそうですね。
ヴェーダ暦のバドラパーダ月の4日
(新月から4日目)に生誕したとされるガネーシャ。
私もささやかながらお供物を捧げ、お祈りをしました。

シーターラーマさんのブログに障害を取り除く祈りとして、サーラダデーヴィーの言葉が紹介されていたので、引用させていただきます。

「神よ、私は他人の欠点に目がいってしまいました。今までは、それが自身の性格に染みついていたため、障壁の原因となっていることに気がつきませんでした。私は、この習慣を改めて、神聖な性質を身につけます。今日から、誰の欠点も見ないようにします。私は、自身の崇高な目標から、心をそらさないようにします。私は古くから心に染みついたこの習慣を改めます。今後は、このような過ちを犯すことはありません。霊的な成長を阻害するマーヤー(幻力)に、私は心を許しません。神よ、どうかこのための力をお授けください。」


友人からの贈り物のガネーシャ

すべての人の障害が取り除かれますように。

シヴァの息子

2012年5月17日木曜日

カーシー・ヴィシュワナート・ガンゲー ―Kashi Vishwanath Gange





ナマーミーシャ ミーシャン ニルワーナ ルーパン
(ニルヴァーナの至福の姿をお持ちの宇宙の支配者、北西の主(シヴァ)に礼拝し奉ります。)

ウィパン ヴァーパカン プラン ヴェーダスワルーパン
(ヴェーダの御姿をとった、全宇宙に偏在する至高のブラフマンの帰依し奉ります。)

ニジャン ニルグーナン ニルヴィカルバン 二リーハン
(あなたは属性を持たず、時を超越し、限定なき存在。)

チッダカーシャ マーカーシャ ワーサン バジェーハン
(欲望なき、空に包まれし御方よ、至福の空であられるあなたに礼拝いたします。)

ニラーカーラ モンカーラ ムーラン トゥーリーヤン
(あなたの中の、その本質を持つオームカーラを超越した無形の御方よ。)

ギラ ギャーナ ゴディータ ミーシャン ギリーシャン
(あなたは言葉、智慧、物質界を超越しておられます、おお、山の王よ。)

カラーラム マハーカーラ カーラム クリパーラム
(時を破滅させ、すべてを飲み込む恐るべき優しき主よ、最も慈悲深き御方よ。)

グナーガーラ サンサーラ パーラム ナトハム
(経験のすべての性質、特質はあなたから生じますが、世界はあなたの終わりを決してみつけることはできないのです。)

Wibhum vyaapakam braham wedaswaroopam
Nijam nirgunam nirwikalpam nireeham
Chidaakaasha maakaasha waasam bhajeham
Niraakaara monkaaramoolam tureeyam
Giraa gyaana goteeta meesham gireesham
Karaalam mahaakaala kaalam kripaalam
Gunaagaara sansaara paaram natoham
Hara Hara Mahaadeva Shaambho
(Bom Bom) Kaashi Vishwaanaatha Gange


2012年3月30日金曜日

母なる神はブラフマーイー

ブラフマンである彼が、ラーマであり、クリシュナであり、シヴァなのだ。

シャクティに帰依することなくして、どうやってブラフマンを悟るというのか?

彼に呼びかける言葉、彼を礼拝する音――それらはすべてシャクティの働きなのだ。

おまえはシャクティから生まれ、そして彼女の御力によって動き、歩いている。

おまえはブラフマンという言葉を聞き、そして理解した。そしてシャクティの恩寵によって、ブラフマンを悟りたいと切望している。

おまえが今シャクティ――母なる神――を手放したら、誰がおまえを維持し、守護するのだね? 

母がいなくては、息子は父の愛を知ることができないだろう。あるいは父が何であるかを知ることができないだろう。

母の愛が子供を育てるのだよ。

どうしてそのような愛溢れる母を手放し、父に手を伸ばすことを望んだりするのか?

母なる神はブラフマーイーなのだよ。

一心に彼女に呼びかけなさい。

彼女はおまえの誠実な祈りを聞いてくださる。そしてすぐにおまえに自らを明かしてくださるだろう。


―ラーマクリシュナ

2011年11月26日土曜日

2011年インド修行旅行記 ウッタルカーシー Uttarkashi

リシケシからウッタルカーシーへ

『ピーパルマンディ』と呼ばれる木
8月15日(水)
『ピーパルマンディ』と呼ばれる木
  ウッタルカシに向かう途中、名も不明な町で昼食をとった。ここでは『チョーメン』という、日本の焼きそばそっくりな感じの麺を食べた。(このチョーメンで次の日おなかを壊した)

 その食堂のすぐ近くに、
大きな菩提樹の木があったので、気になって見に行ったら先生もいた。木の横には小さな祠(ほこら)があり、祠の中にはシヴァ神が祀ってあった。

木の生えている地面には、まるで舞台のように、地上から80㎝ぐらい高くなっていた。私も上に上がって、菩提樹の木を眺めたあと、地面に降りて写真をとっていたら、インド人が横で

ピーパルマンディ!ピーパルマンディ!

と言った。なんかとても怒っている様子だった。

あとでインド人ガイドのミスラさんに聞くと、「ピーパルマンディ」とは菩提樹でシヴァ神を祭ってある一応お寺だということで、靴を履いて上がったらいけないって、怒っていた事を知った。

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